祖母の話。

祖母が96歳で大往生したので、記録しておきます。
個人的な覚書きを徒然書いただけで、まとまってもいません。

生まれは静岡県の藤枝のようです。祖父とは見合い結婚で1男3女を儲けるも、あまり合わなかったようで、50歳を過ぎてからは別居していました。
かなりの堅物とのことですが、それを言ったのが自由奔放極まりない私の母なので、世間的には常識人だったのかも。
趣味はTV(みのもんた、ワイドショー、ドラマ、時代劇)を見ることと、教会での奉仕。割とハイカラで、80歳を過ぎてからeメールも使えるようになっていました。

父のいない私にとっては、ある意味母親役をやってくれていました。弟が生まれて、祖母と同居するようになってからは特に。
私はだいたい祖母の料理で育っています。就職前に弟子入り?して、自炊を一通り教わりました。5日コースの最後は春巻。未だにレシピメモが残っているはず……と思って探したけど見つからなかった……残念。

私が東大に受かったときは本気で驚いていました。私に対しては厳格でも堅物でもなかったものの、ある評価は下していて、それを超えたのがびっくりした様子。それ以降は扱いがだいぶ変わった気がします。(ミーハーであったのも事実)
就職で私が愛知県に来るまで、14年ほど一緒に暮らしていました。

https://tamakoke.wordpress.com/2006/08/27/%e8%aa%95%e7%94%9f%e6%97%a5%e3%83%91%e3%83%bc%e3%83%86%e3%82%a3/
8年前に米寿を迎えた時(↑)は、まだ毎日料理を作るくらい元気でしたが、さすがに90を超えたあたりから色々混乱も大きくなってきたようで施設に入り、大腿骨の骨折をきっかけに寝たきりに。ここ2年ほどはほぼ意識もない状態でした。

日曜に、4年ぶりに見舞いに行き、娘を見せてきました。
その晩、帰りの新幹線の中で、息を引き取ったと連絡を受けました。
意識はなかったんですが、聞こえていたのかな?
最後の日がにぎやかで良かったと、弟に言われました。

祖母は敬虔なクリスチャン(カトリック)でした。
カトリックでは、亡くなることは「帰天」と言うようです。
忌むべきことではないので、忌引かない。
悔やむことでもないので、お悔やみ申し上げない。
クリスマスカードは服喪欠礼もないようです。(キリストの生誕を祝うものなので)
葬式も、主の元に帰ってめでたい、というのが基本にあるので、湿っぽい感じはあまりありません。皆割りと笑顔。

もちろん綺麗ごとばかりではなくて、面倒見ていた親とその兄弟、最後まで同居していた私の弟などの苦労は大変だったと思うけれど、それでも今日の皆の表情を見ると、ああ祖母はこの世を生ききったのだなあ、と思えました。
どうぞ、安らかに。

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